「ムール貝」
概論
古代ギリシャ人たちは既に甲殻類や貝類の極上の味わいを知っていた。そのひとつがムール貝。フィロクセノスは「完全に口の開いたムールが、こんがり黄金色になって揚げ油から取り出され、まだかすかな音を立てている」と語っている。
ガロ・ロマン時代の食通で詩人のアウソニウスは、アルカッション湾流域に土地を所有し、そこで捕れた牡蠣とムールを、のちのローマ皇帝グラティアヌスを教育していたトリーアに送らせ、朝食の楽しみにしていた。魚介類を送ってくれた友達にはこう書いている。「ムール貝は、金持ちを喜ばせる美味しい料理になるとともに、貧しい家庭にもお金のかからない食べ物だ。沸騰した湯の中に入れると、二枚貝の口が開いて、中のくぼみに隠れていた白い身が現れる」アウソニウスが食べたムールは身が白かったようだが、栄養分とするプランクトンの種類によって、身の色は白から黄色、オレンジ色、サフラン色までさまざまだ。実際世界には約70種類のムールが存在し、冷たい水の中に棲息する。
歌にもあるように、ムール貝採りに行くときは貝入れかごとナイフを持って行こう。打ち付ける波や強風から身を守るために、しっかり岩にしがみついているから。かといってムールは出不精ということではない。放浪の旅への衝動にかられ、自分の足糸(そくし)を切って、プランクトンの豊かな場所を求めて移動していくこともある。えらで1時間に3リットルもの水を体内に取り入れ、プランクトンを胃の繊毛でつぶして消化し、大きなかすは粘液とともに体外に排出する。ムールには栄養分豊かな水と動き回れるスペースが必要。そして海流を好む。ムールにはオスとメスの区別がなく、産卵の時期に海中に放精し、受精は海流に任されて行われるからである。
2005/7/15付ブログ“アペティ”より
養殖方法
<ムール貝の一般的な養殖方法>
(1)“平面”養殖法:牡蠣の養殖法と似ている。支柱の上に設置したかごの中に平らにムール貝を置いて養殖する。フランスでは殆んど行われていない技術。
(2)“ロープ”垂下式養殖法:水中にロープを吊り下げて行う養殖法。しかし潮の満ち干が少ない小潮の海でしか行うことができない(南仏のトー潟湖など)。海中に垂下されたロープを引き上げて収穫する。
(3)“ケーブル”垂下式養殖法:地中海(マルセイユとフロンティニャンの間)やブルターニュ海峡で近年行われている新しい技術。沖で行われる養殖法。垂直に沈めたケーブルの上でムールが成長する。
<ムール・ド・ブッショの養殖方法>
・ムール・ド・ブッショ(杭打式養殖法):海の上に木の杭(=ブッショ)を立て、捕食生物の攻撃を防ぐように杭の上で養殖する方法。特別なプランクトンを運んできてくれる潮の満ち干のリズムとともに成長する。ムールにとっては最高の養殖方法。黄色〜オレンジ色の肉質が特徴で、この上なく美味な味わい。
・稚貝の準備:海の捕獲エリアにロープを水平に張る。ムールの稚貝がロープ上に付着したら、6月にノルマンディーの海に持って行き、横木の上に設置する。このまま稚貝を夏の間中成長させる。
・ロープの巻きつけ:9月になったら杭(ブッショ)の周りにスパイラル状にロープを巻きつける。杭の根元には巻きスカート風の覆いを巻きつけ、蟹やその他の捕食生物の攻撃からムールを守る。
・成長:冬〜春の間中ムールは成長し、ブッショはぎっしりムールで覆われる。嵐でムールがさらわれるのを防ぐため、ネットを被せる。
・収穫: 1年以上ブッショの上で成長させたあと、7−3月機械で収穫する。あとは、ネットを外して取り出して洗い、パックして出荷するだけ。
・ムール・ド・ブッショの見分け方:判別は簡単。殻は小さく、殻の中にはしっかり身が詰まっている。身の色は黄色またはオレンジ色。殻の中に砂や寄生生物(小蟹など)が入っていることはない。
養殖業者
・5月15日13時30分。ダニエルは急いでランチを終える。潮は待ってくれないから。我々は、モンサンミッシェル湾のムール・ド・ブッショの生産者である彼の養殖場を見学させてもらうことにした。ムール貝養殖業者は潮の満ち干に合わせて生活していると言ってよい。モンサンミッシェル湾は潮の高低が激しい(その差は14メートルにもなる)。
・モンサンミッシェル湾全体のムール貝の生産量は年間1万トン。ダニエルは9人のスタッフとともに700トン生産している。
・ムール貝養殖業者の仕事は技術の進歩により大きく変わったと、ダニエルは説明してくれた。主な技術革新は2つ。
「まずは、水陸両用船により、いつでも好きなときに海に出たり入ったりすることが出来るようになったこと。いったん仕事が終わると、かつては港に戻っていたように、次の満潮を待つしかない。私も若いとき、海の上で何時間もトランプをしながら時間をつぶし、程よい潮の高さになるのを待った」
「もうひとつは、GPS (全地球位置把握システム)のおかげで、潮の状態に従って、必要があれば夜も仕事が出来るようになったことだ」
